幼い兄妹

立春が近いというのに、プラットフォームに吹く風は冷たい。

私は両手をポケットに入れ、「人生無常なり」という面持ちで電車を待っていた。

と、小学2年生くらいの男の子が前にちょこちょこっと出てきた。 続いて、幼稚園の年長さんほどの女の子が――この子はすっと腕を伸ばして男の子の手をつかむ。 兄妹なのだろう。 お兄ちゃんは心得たとばかりに、しっかりと妹の小さな手を握ってあげた。 ふたりの、手袋をしていない手はまっ白だった。

お兄ちゃんは妹をのぞきこむ。

「もうすぐ電車が来るからね。
ほら、この線から前へ出ちゃいけないんだ」

妹は小さくうなずいてから、小さなくしゃみをした。 お兄ちゃんはあわてて、空いている手でフリースのポケットをまさぐりティッシュをだす。 妹は眉をひそめながら鼻をかんだ。 お兄ちゃんがそれを受けとり、ティッシュと一緒にポケットにしまう。

私は、子どもが苦手だ。 赤ん坊から高校生くらいの少年少女まで、たいてい好かん。

ついでにボージャクブジン、偉そうなの、美人と勘違いしているオンナ、株とか投資とかに血眼なヤツ、したり顔で説教たれる手合いにはムシズがはしる。

話もどって――好き嫌いはともかく、割り込みはいかん。 しからば、注意を促すか。

「ウォッ、ウンッ」

聞こえよがしに空咳をうった。 お兄ちゃんが振りかえる。 だが彼の目線は、私ではなく、肩を越した向こうへ送られた。 たちまちお兄ちゃんがうなだれる。 妹はしょげる兄を心配そうに見やってから、やはり私の背後へ眼をやった。

ハハン、親御さんだな。

しかし、二人が列をただす間もなく各駅停車の到来がアナウンスされる。 お兄ちゃんは上目づかいに私を窺いながら、妹の手をとったまま乗り込んだ。

午後三時の電車は空いている。

親子は私の前のシートに座った。 父母は三十歳を少し過ぎたあたりか。 質素だが、こざっぱりとした服装の一家だ。

幼い兄と妹はきちんと靴を脱いで揃え、並んで窓の外を眺めている。 母親がびっくりするくらいゆっくりとした口調でいった。 しかも、少し舌がもつれ気味だった。

「電車の、並ぶ、順番は、ちゃんと、守らなきゃ」

お兄ちゃんは「うん」とこたえながら、バツが悪そうに私を盗み見る。 父親が私に会釈する。 私も小さな礼を返した。

このとき、彼が補聴器をつけているのに気づいた。 そればかりか、妻の耳にも補聴器が――。 やがて、夫婦は子どもたちを挟み、手を使って「会話」をはじめた。 私は虚を衝かれ、低く唸った。

彼らにとって結婚と出産は、尋常でない決意が必要だったろう。 生まれ出た二人の子が健常者であった喜びは、何よりも大きかったのではあるまいか。 それでも、夫婦の子育てには、苦労や戸惑いがこれでもかと押し寄せているに違いない。

だが、兄妹の仲のよさ、信頼の綱の太く丈夫なこと、心根の素直さは心をあたたかくしてくれる。 屈託がないのもすばらしい。

ご両親は、本当にうまく子どもを育ててらっしゃる。 私は素直に感動した。

降りる駅が近づき、私が準備をはじめると、お母さんがお兄ちゃんの肩をつついた。

お兄ちゃんは私の前にきた。 妹が、また心配そうに兄を見送る。

「さっきは、ごめんなさい」

ペコリと頭をさげてくれた。

「そんな、いいって、いいって」

私はそそくさと降りた。

ホームに立つ。 午後の穏やかな光が、去っていく列車をスポットライトのように照らしている。

私はあわててハンカチを取りだし、さもゴミが入ったふうを装って瞼にあてた。